繊維を巡って世界は動く(1)~繭と絹糸の世界

【前編】

糸割符仲間

日本史ってなんとなく名前は頭に残っているんだけど、よく知らない言葉がありますよね。糸割符仲間もそんなひとつでは?

糸割符仲間は「いとわっぷなかま」と読みますが、商人の集まりなんです。どういう商人かというと中国から生糸を輸入する商人です。

実は日本では昔から中国産生糸(白糸)を輸入していました。ところが、江戸時代の初め頃、白糸輸入量が多くなり、日本の金銀銅が大量に流出するという事態になってしまいました。そこで、幕府は、特定の輸入商人を集めて彼らだけに独占的に輸入権を与えるとともに、価格決定が日本主導でできるようにしたのです。

当時も貿易政策があったんですね。ともかく、日本にとって白糸を輸入するのは大変なこと。そこで、幕府も各藩も養蚕を積極的に応援しました。

また、糸割符仲間制度をつくってから日本に入って来る白糸は量が減ってしまいました。絹織物産業としては生糸がないのは困ります。そういう事情もあり、国内の絹織物産業でも日本産生糸を積極的に使うようになりました。

(楊洲周延『貴婦人養蚕之図』:画面左側の女の子がネコを連れています)

それまでは中国産生糸に頼り切りで国内の養蚕では品質が劣るとされてきましたが、その後はカイコの品種改良も進み、日本の養蚕は次第に盛んになったのです。

養蚕は農家では桑が採れる地域であれば全国で行われました。また、上の錦絵にもあるように、貴婦人でも養蚕を行うという習慣があったようです。ちなみに養蚕ではネズミは大敵です。日本に猫が広まった一因は養蚕にありました。

そのようなこともあり、後には、国内での生糸生産量は大きく増え、糸割符仲間の意味もなくなっていきました。

明治以降は生糸大生産国

明治以降の開国日本にとって生糸は大きな意味を持ちました。なんと第二次世界大戦まで日本の主力輸出品は生糸だったのです。

日本が富国強兵政策を取るために武器を購入したりした費用、それはまさに養蚕のおかげだったと言っても過言ではありません。

2015年(平成26年)には「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産に登録されていますが、この富岡製糸場でつくられていたのも生糸でした。

ちなみに日本が開国する20年ほど前に、イギリスと中国(当時は清)の間でアヘン戦争が起きています。当時の中国の輸出品は陶器、茶と並んで生糸や絹でした。アヘン戦争というとアヘンばかりが強調されがちですが、背景として絹への需要もあったことは無視できません。

生糸って何?

(カイコガ:ポケモンのようなモフモフ の姿をしています。羽根はありますが飛べません)

さて、ここまで来て今さらですが、生糸とは何でしょう?もちろん、生糸はカイコがつくる繭から採れる糸です。

でも、糸なのになぜ「生」がつくのでしょう?「それは生のままだからだろう」と思われるかもしれませんが、実は生糸、製糸の過程では必ず繭をゆでています。

後述の理由のため、一度ゆでないと糸を引き出しにくいからです。

それなのに、なぜ「生糸」なのか

実は絹糸には練糸(ねりいと)というものがあり、生糸を精練したものが練糸と呼ばれるものです。精練というのはある種の化学処理なので、その処理を経ていないものを生糸と呼ぶわけです。つまり、絹糸には生糸と練糸があり、練糸ではないものの代表が生糸なのです。

ここで、生糸の製造過程を簡単に見てみましょう。

まず、繭を乾燥させます。かわいそうですが、この段階で繭の中のカイコの蛹(サナギ) は死んでしまいます。

次に繭を選別し、合格した繭を煮ます。一般的にはこれと同時に糸を引き出していきます。数本を合わせて引き出し、1本の生糸にします。

これを束ねたものが通常、取引されるわけですが、その前後に行われるのが精練工程です。なんのために精練するかというと、セリシンを除くのが大きな目的です。

カイコとセリシン

繭はカイコが吐いてつくった糸からできています。ただ、すべすべの糸を吐いているのだとしたら繭のようにまとまるはずがありません。なぜ、繭は形を保っていられるのでしょう。

その原因がセリシンです。カイコの吐く糸はセリシンという糊状の物質で包まれているのです。もう少し詳しく言うと、カイコの吐く糸はフィブロインという物質でできた2本の繊維を含んでいます。この2本のフィブロイン繊維をセリシンが包み込み1本にまとめたものをカイコは吐いています。イメージ的には下図のような感じです。

(絹糸のイメージ図:青がフィブロイン、黄色がセリシン)

セリシンがフィブロイン繊維を包み込んでいるので、それをカイコが身体の周りに吐き出すとお互いにくっついて繭ができるのです。

生糸の製造過程で必ず繭をゆでると言いましたが、これは繭表面のセリシンをお湯で溶かさないと生糸が引き出せないからなのです。

このため、生糸を作る段階でセリシンはある程度落ちていきます。ただ、完全にセリシンがなくなるわけではありません。その結果、多少のごわつきがあったり、黄色みがあったり、染色性にも問題が残ります。それはそれで特色です。ただ、光沢や染色性を高めるためさらにセリシンを取り除く工程、それが精練なのです。

〔(2)に続きます〕