繊維を巡って世界は動く(2)~繭と絹糸の世界

【後編】

糸を吐く生き物

ところで、カイコはなぜ、糸を吐くのでしょう。

その理由は、カイコは繭(まゆ)の中で蛹(さなぎ)になっているからなのです。蛹だと当然ながらほとんど動くことはできません。そこで、鳥などの外敵(捕食者)から身を守るために繭をつくるわけです。誤解されがちですが、繭が蛹なのではありません。蛹の外側で蛹を守っているのが繭です。

カイコのように繭をつくる昆虫は、カイコ以外にもいます。多いのは蛾の仲間です。ほかにもアリやハチで繭をつくるものがいます。

繭をつくって蛹を守るという戦略はかなり良い感じにも思えるものの、カイコの場合、千数百mもの長い糸を吐きます。皇居で飼われている小石丸という品種は五百m程度ですが、それでも大変なこと。繭をつくっている最中に襲われる可能性もありますし、ほとんどの蝶や多くの蛾が繭をつくらないのももっともかもしれません。

ちなみに、糸を吐くといえばクモですよね。これも基本的にはフィブロインですが、セリシンは含んでいません。また、繭はつくりません。

カイコは自分では生きられない

(カイコガ:ポケモンのようなモフモフ の姿をしています。羽根はありますが飛べません)

カイコはカイコガともいい蛾の仲間です。繭をつくっても産卵のためのもの以外はみな乾燥工程で死んでしまいます。

乾燥させないと羽化するわけですが、羽化した成虫は繭の中から糸を溶かして出てきます。ただ、それでは繭をつくっている糸が切れ切れになってしまうため人間にとっては不都合なのです。

もっとも、カイコガには口がありません。したがって、仮に羽化できても遠からず餓死してしまいます。

しかも、幼虫のカイコ自体 も人間がエサの桑の葉を用意してやらないと餓死してしまうのです。仮に桑の木にカイコを置いてやっても自分から葉を食べに行く気はないようです。

桑の葉を用意してやればバリバリ食べるので、別にやる気がないわけではないのでしょう。

ただ、文字通り、 人間がすべてお膳立て(食べ物を用意してあげること)してやらないと生きていけません。また、カイコは卵から生まれたての時は黒いのですが、最初に脱皮して以降 は真っ白なので、野外では目立ってしまい鳥に食べられてしまいます。

つまり、カイコは野生では全く生存能力がありません。繭をつくるためにだけ生かされているのです。カイコは家畜なのです(このため、カイコは虫ですが「頭」と数えます)。

真綿と紬(つむぎ)

ところで、生糸の製造過程で、繭を選別すると言いました。実はこの際に落とされる繭が結構あります。例えば、2頭のカイコがつくってしまった繭などです。これを「玉繭」と言います。

おめでたいように思えますが 、本来なら1本の糸であるべきものが絡み合っているので生糸としての品質は落ちます。このため、そうした繭は中の蛹を取り出した後、不合格繭として潰してしまいます。

こうした不合格繭は、カイコが本来つくりだす長い生糸を含まなかったり、節があったりします。しかし、絹であることには変わりないので、これを集め、アルカリ液につけるなどして精練(つまり、セリシンを除去)します。そしてほぐしたものを木枠などに掛けて拡げます。これが真綿です。

「真綿」――「真綿色したシクラメンほど・・・」の真綿です。実は「真綿」は絹の一種なのです。

この真綿は真綿布団などにも使いますが、糸として紡いだものが紬(つむぎ)糸、紬糸を使って織った布地が紬です。

越後の縮緬問屋

水戸黄門はドラマの設定では「越後の縮緬問屋のご隠居」ですが、この「縮緬(ちりめん)」も絹織物の一種です。

縮緬の縦糸は普通の生糸です。つまり、ほとんど撚り(より)はありません。そして、横糸に強い撚りをかけた糸を左右の撚りを交互に平織りします。

その後で精練を行うと、生地に細かい凹凸ができます。これが縮緬。よく考えたものです。

生糸vsナイロン

ところで、第二次世界大戦前に日本が生糸を輸出していた最大の相手国は米国でした。女性用のストッキングの繊維として用いられていたのです。

ただ、それだけの需要があったわけですから、なんとかして絹糸の替わりを見つけようという動きもありました。

こうして生まれたのがナイロンです。

ナイロンは小さな分子をたくさんつなげた高分子というものです。セリシンやフィブロインはアミノ酸が多数結合したものですが、ナイロンもポリアミドという点では絹糸に似ています。強くて丈夫なため、ストッキング材料として急速に広まっていきました。

戦争の影響とナイロンの登場などにより、日本の絹生産は激減して行くことになります。

まとめ

最近ではマイクロプラスチックの問題から天然繊維が再び脚光を浴びつつあります。絹は綿花や羊毛とともに重要な天然繊維、かつては日本経済を支える製品でした。

もちろん、絹生産のために再び日本全国でカイコが飼われるようになることはないでしょう。ただ、バイオテクノロジーなどを使って新たな絹の時代がやってくる可能性はあります。

できるならば、戦争や争いとは関係ない平和な世界の素材として絹が活躍して欲しいものです。